おなかを・・・

先日、会社のの健康診断で、初めて「腹部エコー検査」を受けた。
おなかをグリグリされて、あまり気持ちのいいものではないですね。

担当の看護師さんが言う。

 「はい、息を吸ってー、おなかをふくらめてー

お?
そこは「おなかをふくらませてー」では?
しかし調べてみると、辞書によっては「ふくらめる」という言葉が載っているものもある。
自動詞「ふくらむ」を、他動詞にして「ふくらめる」?(例文:彼女は頬を膨らめて怒った。)

「おなかがふくらむ」という文を、使役の助動詞「せる」を使って「おなかをふくらませる」のではないのか?


他の「何かの状態を変える」ことを表す動詞を並べて、考えてみる。

 ゆがむ  →A.ゆがませる
         B.ゆがめる

 固まる  →A.固まらせる
         B.固める

 ふくらむ →A.ふくらませる
         B.ふくらめる

Aは使役表現、Bは他動詞。
こうしてみると、使役表現のほうが、より自分の意思でコントロールしようとする度合が強いように思える。
固まる→固めるよりも固まる→固まらせるのほうが、ジャンプの幅が大きいというか・・・

立ち戻ると、そもそものシチュエーションは「依頼」。
その気のない人にそうしてもらうためには意思の力を総動員してもらう必要があるから、やはり「おなかをふくらませてー」と言いたい。

日本のおみやげ

問題 : 中国から来たMさんが、「日本のお土産」として買って帰りたいものは?

答え : 鼓(つづみ)


 「日本の楽器で、肩に乗せてこう下からポンとたたくの、どこに売ってますか?」

とたずねられ、一同、答えに窮する。

ごめんなさい、わかりません・・・

しかし本当に買うとしたら、かなりのお値段になりそう。


そういえば、高校時代に古文の先生が、

 「世界広しといえども、日本の鼓のように下からたたく楽器はどこにもない!」

と、なぜか自慢気に話していたことを思い出す。
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締め

宴会の締めは、やはり


 「それでは一本締めで。イヨーオッ 『シャン』」


というのが定番?


以前、何かの本で、この方法は「正しくは一丁締めという」と書いてあるのを見たことがある。

「チャチャチャン、チャチャチャン、チャチャチャン、チャン」を3回繰り返すのが「3本締め」で、1回だけやるのが1本締め。手を1回だけたたくのは、「一本締め」ではなく「一丁締め」というらしい。

別にどっちだっていいような気もする。酔っ払ってるし。


ところが、先日のこと。
ボクシングジムでお世話になっているトレーナーがプロを引退するということで、一同による酒宴が催され、締めをしたのが料亭のスタッフ(?)の方。


 「それでは、一丁締めで」


おお、初めて聞いた。
さすがプロ!

にほんごのうた

「カタカナ語が歌詞にひとつも出てこない曲」って、演歌ならいくつもあるんだろうけど、ポップスではなかなかないのでは?(そもそもそんな疑問を持つ人は少ないかもしれませんが。)

私はひとつ発見した。しかもかなりメジャーな曲で。


ちなみにに、タイトルだけは英語。


藤井フミヤの「True Love」。


気づいたときは思わず小躍りたが、周囲は「それがどうしたの?」という反応。
ええ、別にたいしたことではありません・・・

いつの間にか市民権を得たことば

出始めたときに違和感を感じたのに、いつのまにか世に普及して、みなが当たり前のように使っていることばがある。流行語のようにすぐに消えてしまうものとは、少しちがう。もっと息が長い俗語、というべきか。

例えば、


 「ゲットする」


最初に聞いた時に、ものすごく違和感を感じた。

なぜだろう? 

「get」という英語が「獲得する」という動詞としてインプットされていて、それに「する」がついているのが気に入らないのだろうか。


 「3 points get!」


はいいけど、


 「3点ゲットしました!」


はなんだかイヤなのだ。「カットする」とか「セットする」は、普通に使っているのに。

そんな「ゲットする」が、市民権を得たと個人的に感じたのは、ドリカム吉田美和がFUNK THE PEANUTSの曲「恋の罠しかけましょ」の中で「♪ゲットし~ましょ~」って歌ったとき。ついに歌の歌詞になったか、と。


ちなみに、同様の動きを見せているのが「ガッツり」である。いつの間にかみんな使ってる。
あと、「ガチで」も怪しい。


お会いしました

ラジオ番組を聴いていて、気になったこと。


 アナウンサー 「先日、○○先生にお会いしたんですよ」
 
 コメンテーター 「そうですか、お会いしましたか」



コメンテーターの言葉に違和感を感じた。

アナウンサーは、先生に対する謙譲語として「お会いした」と言っている。
それに対し、コメンテーターは、先生に会ったアナウンサーに対する尊敬を表現する必要があるのに、何か足りない。

ここはやはり、


 コメンテーター 「そうですか、お会いになったんですか」



ではないか。

「お~する」は謙譲、「お~になる」は尊敬語、という整理でいいのかな。

いただけない

これも、そのシステム研修のときの話。

配布された資料の表紙に、


 「本資料の持ち帰りは、ご遠慮いただけますようお願いします」


と書いてある。うーむ。

ここは、「いただきますよう」あるいは「くださいますよう」ではないか?と自分の直感が言っている。


 「ご遠慮いただけますでしょうか?」


というのは、お願いの表現としてはある。
これとごっちゃになって、「いただけますよう」になってしまったのだろうか。



ちなみに自分なら、


 「ご遠慮願います」


と書くかな。これで十分伝わるし、特に失礼にあたらないと思うんだけど。



読めない漢字(1)

簡単な漢字なのに、「読み方がわからない」ものはいくつもある。

先般、会社が新しいシステムを導入するため研修を受けたのだが、マニュアルに

 「押下する」

と書かれていた。

見慣れないことばだ・・・ 画面上のボタンをクリックするという意味のようだが。

おうげする?日常生活では使わないなあ。



もひとつ、間違った読み方で、そう読むと思い込んでいたものがある。
 
 「総花的」

ずっと「そうかてき」だと思っていた。「そうばなてき」なんですね・・・